名前が汚いから嫌だな

変容する便器の日常をお届け

寝起きで城

土曜も終わりかけ、あと30分で日曜日になろうという時間に近隣県に住んでいる友達のKくんからLINEがきた。
「車を運転して家に帰る途中だったんだけど、眠すぎるから泊めてほしい」と言われた。

僕は今、二世帯住宅の片側に1人で住んでいるので、夜中でも家族の迷惑にはならないだろうと思って承諾した。

1時間ほどして、家の前に車が停まった。ステッカーがベタベタと貼られた白いDAIHATSUの軽からKくんが降りてくる。天然パーマでメガネを掛けている。若い頃の庵野秀明に似ているな、と思った。
右側の骨が曲がっているのか、脚の長さが違うのか、両方なのか、本人に聴いたことがないのでわからないが、友人は歩く時にひょこひょこと内側に入った右足を引きずるように歩く。
その歩き方ですらなんだか懐かしくて笑えた。
「笑ってんじゃねえよ」とドスの効いた声で言われてもっと笑ってしまった。

悪い事じゃないはずなのに家族にバレるのが嫌で一階の窓からKくんを入れた。

「実家から家に帰る途中なんだけど眠くなっちゃったの、赤ちゃんなので、ごめんでちゅ」「でちゅ…?」

取り留めもなく会っていなかった1年の間の出来事を朝4時過ぎまで語り明かして、眠気がピークに達したのでベットに潜り込む。寝具が1式しかないので必然的に同じシングルベットで眠る。大の男2人にシングルベッドは狭くて必然的に温もりを感じるような体制(ご想像にお任せします)になる。

ベッドの上で四年間付き合っていたけど去年別れた彼女との話を聞いた。「あなたと付き合って好きが分からなくなったって振られた」と言われたけど、僕も他人自身の好きなんて気持ちが明確に分かっている訳ではないので、へぇ、そうなんだ。と適当に濁す。
「明日何時に起きるの?」「昼過ぎに用事があるから12時までに出れれば…」「じゃあ10時とかに起きる?」「うん」「そっか、でも俺スーパーヒーロータイム見たいから七時半前に起きるけど気にしないで、」「うん」「おやすみ」 返事が無い。 雨の音が聴こえる。
目を瞑って久々に感じる人の温もりを噛み締めながら、「寝るとき寂しがり屋になるからお母さんと一緒に寝たくて、小学生くらいまで母親の布団に潜り込んでたけど、昨日やんわり断られて1人で寝たんだよね」という話をしたら「マザコンかよ気持ちわりいな」と中学生時代のクラスメイトに罵られたのを思い出した。論点がズレてるから何も思わなかった。1番身近な他人が母親だっただけだから、別に肉親だろうが異性だろうが温もり自体に明確な差などないよな、互いの心理状態の違いはあるけど、などとグチグチ思い返しながらウトウトしていたら意識が途切れた。

瞬間、起きろと体を揺らされる。アラームが鳴らなかったのだろうか、それとももう昼過ぎになってしまったのだろうか、それにしたって一瞬過ぎる、身体がまるで休まっていない。
「腹減ってねえ?」「へっ、…は…」「モスバーガー食べたいんだけど」「う…うん…」「7時から空いてるっぽいし、行こうよ」拒否権なし、カーテンを開けるとまだほのかに暗い、雨は止んでいた。

着替えるかどうか悩んだけど朝ごはん位、パジャマで食べたって許されるだろうと思ってパジャマのまま外に出たけど失敗だった。

雨に濡れた田舎のアスファルトをシャリシャリと進んでモスバーガーに到着する。
Kくんは店員のお姉さんが朝から元気いっぱいに「ィ!イラッシャイ!!!マセ〜〜!!!」と挨拶をされていたのに、僕が注文する時は「いらっしゃいませ」と言われた。丁寧。
開店1号のお客さんには元気よく挨拶をする決まりが有るのかもしれないと思っていたけど、次に入ってきた老夫婦には「ィィィ!イラッシャ!!!マセ!」と挨拶をしていたのでそうじゃないらしい。なぜ。パジャマだから。か?

食べ終わって外に咲いているアルストロメリアの花を見ながら(花言葉はエキゾチックだったよな、あ9レンジャーは見れないから、ギリギリ仮面ライダー途中から見てぷいきゅあ…)と算段を組んでいたら「行こっか?」と声を掛けられる。

車が動き出す。走り出して5分程して家に向かうはずの道とは別のルートに進んでいることに気が付いて、どこか寄ってくの?と聴くと、名古屋城に行くよ。と言われた。

???

「なんで…?」「鯱ってほんとに金色なのかな」「え、」「鯱ってほんとにいるのかな、寿司ネタで見たことないよね」え、答えになってなくない??なんで朝から城なの???鯱って寿司ネタというか、現実にいなくない?ユニコーンとかと同じジャンルの生き物でしょ?え?と疑問が尽きないまま、名古屋城の近くまで到着したのが8時過ぎで、まだ駐車場も城自体も閉まっていた。
このまま待ってから城見るのかな、と思っていたら、カーナビをぽちぽちと打つと「うん…」と呟いてからKくんはまた車を走らせ始めた。「今から犬山城に行くぞ」と宣告され高速に乗る。カーステレオから星野源の『Crazy Crazy』が流れている。「待ってる時間が勿体無いからな〜」と言われたけど「エキゾチック〜」としか返せなかった。

城前に付いて入場券を買おうと財布を取り出すと「あ、いいよ、無料だから」と言われる。Kくんは手帳を受付の人に見せると『特』と赤いスタンプの押された入場券を2枚貰っていた。
「あ、言ってなかったけ、生まれつき小児麻痺で障害者手帳2級貰ってるの」「え、そうなの?」「そうなの」知り合って1年くらい経つけど初耳だった。「普通みんな聴いてくるから答えるけど、夏くんには聞かれなかったし」
あ、と気が付いて「じゃあ車に貼ってある白い『特2』って文字のステッカーって…」
「あれ?あれはパトレイバーだよ」小児麻痺関係なかった。

城門が開いて入場券をもぎられて門を潜ると国宝の犬山城が姿を現す

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歴史ある城とはいえど、パジャマ姿のノーパンが天守閣に登ったのは初めてなのではないか、罰当たりだ、歴代の城主の霊に怒られたらどうしようとドキドキした。


城を降って城下町に向かう途中の神社の入り口にハートマークの絵馬が並んでいた。
絵馬の表に『縁』と書かれていて、裏にお願い事が書かれていた。

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Kくんは何枚かの絵馬を表に直すと「お願い♡神経衰弱しよう」と言われた。???
「絵馬を2枚捲ってお願いの内容が被ってたら死ぬの」「え、それ神経衰弱というか黒ひげ危機一発じゃない?」
3回ほど捲るとKくんは死んでしまった。死因は『幸せになれますように』という超絶対的に漠然とした願いだった。
城下町にあった、からくり館や戦国時代の資料館などを見てから帰った。

来週海で遊ぶ約束をしてから家に送って貰って解散したけど結局なぜ城を見たのかわからないまま眠った。

家族には友達が泊まったことも、モスバーガーを食べたことも、城に行った事もバレてない。悪い事じゃないのに話さなかった。